現役時代の海外滞在記、海外旅行記、写真仲間の記録です。


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クリスマスミサ

友人のミサでイグナスチオ教会でミサに参列して久しぶりに仏教徒の私は教会を
訪れました。思えば私は、ヨーロッパの教会が保有する美術品が溢れて居る感じがして、仏教徒
ではありますが、何度も各地の教会を訪れる機会に恵まれました。スイスの村の中の小さな教会
でも、拒む事は無く入れました。教会の中では、心なしか気持ちが落ち着きます。中でも法王に
十字を切って頂いた、バチカンのクリスマスミサは忘れがたい思い出で、二人の法王に感謝して
います。時節柄、世界はクリスマス・シーズンになります。
以前、書いたブログの一コマを思い出して、再掲示します。

当時の私は若さの行動で反省してますが、バチカンの思い出をブログに掲載します。
1973年リビアのプロジェクトに従事して、年に一度の休暇を、バチカン市国のクリスマスの
ミサを見に行く事に勝手に決めて万難を排し、バチカンに行きました。着いてみると、バチ
カン・サンピエトロ寺院前の広い、広場は群衆で埋まり、入り込む隙間も無い。これほどの
人出を予想していなかった私は吃驚して思案した。取り敢えず入口に行こうと群衆に突進し
た。山手線のラッシュアワーの車内の混み具合いです。パウロ・セイス(6世)の時代は人々
のバチカン への、関心は高く10万人の人出?と言われた。人々の間を、かき分け、かき分
け、パルドン! と、厚かましく、一番前に出たが、サンピエトロ寺院の入口階段下はロープ
が張られて進めず入場出来無い。また途方に暮れて、何か方法が無いかと周りを見ると、僧
衣の立派な方、枢機卿が、背の高い正装の帽子をかぶり、正面階段から降りて来た。20m
位?離れていたが、枢機卿に呼びかけた。

『私は遠くの国からクリスマス礼拝を見に来ました。これほどの人々が居るとは思わなかった
が、入場したい。どの様にしたら入れるか教えてください。』 と、概略、以上の事を枢機卿に
声を張り上げ、お願いした。枢機卿は、私を見て話も聞いてくれたと思ったが、無言で、
きびすを返し階段を戻って行く。駄目だったかと、落胆した。暫くして、ロープにつかまり
佇む私は、また、入口に現れた枢機卿を見付けました。階段を下りてきます。今度は従者を
後ろに連れています。

20m位の手前で立ち止まり私を指さし、何か従者に話しています。あの指先に私がいる事
を願った。従者が真っ直ぐ私の傍に来ました。小さな紙片を無言で私に渡す。周囲の群衆が
券を見て欲しがり大騒ぎです。余りにも興奮するので、これはキット素晴らしい券だと、想
像するが分からない。従者は黙ってロープを上げ私にくぐる様に促します。バチカン衛兵が
槍を持ち警護する左側の入口を指差し、手で通れと指示する。ミケランジェロ デザインの、
軍服着たスイス人独身男性の衛兵が眩しく見えた。券を見せると奥へ通れと、また無言で指
し示す。

長い石造りのトンネルの様な歴史を感じさせる古い石畳の通路を通り、奥に歩いて行くと、
別な衛兵が立っている。券を提示すると中に入れと、ドアーを開けてくれた。そこは、法王
がミサを行う祭壇の脇で、左側の最前列に椅子を与えられ、やっと入れたと思った。その時
は知らずに、着席したが、その席は世界中の信者の憧れの席で、抽選で10万人に一人の確率
で席を与えられるそうです。私は後日、それを知り改めて幸運の感動が、込み上げました。
落ち着いて中を見渡すと、テレビ中継の撮影用ライトが幾つも、聖堂の高い天井近くに取付
けられ聖堂内の金箔に覆われた壁や天井は光輝き、荘厳な美しさだ。

やがて、法王パウロ六世がクリスマスミサを執り行い全世界に平和メッセージを送ります。
総てが終わり祭壇から降りて来たパウロ・セイス(6世)は、真っ先に十字架の付いた長い杖
で、私に十字を切ってくれました。この方が、全世界10億の信者の頂点に立つ法王なのだ
と、某然として立ちはだかり、私より小柄な1m50cm位の法王を見つめて居たが、法王が私に
十字を切った時、彼にオーラを見ました。自然と頭(こうべ)が下がり、跪き、キリスト教
の、寛大さを感じ、感謝と喜びの気持ちが湧いて来ました。彼らは来る者は阻まず誰でも受
け入れてくれる。

私の後部座席の日本人司祭が、私が日本人だと知って、驚き、どうして此処に座る事出来た
かと、それは、驚きの声と顔で訊きます。その席に座る希望者が多く、世界の信者が応募する
席に着席する私に驚きの声で話しかけてきました。例えば、隣の席の夫人は、エチオピアから
来たと、話していた。日本人の信者も中々入れない場所です。私は一言、日本人司祭に・・・
    『枢機卿に入れて頂きました』。

後年、新婚旅行でバチカンに家内を案内して、サンピエトロ寺院に入り着席した場所を指し
示し、思い出を話しました。そのローマ滞在中、奇しくもパウロ六世は逝去され、バチカン
会議室の煙突から、後継者選び(コンクラーベ)の結果の印である、白い煙が上がりました。
その時に選ばれたのが、ヨハネパウロ1世でした。この法王は短命で33日間の在位でした。
パウロ・セイス(6世)の逝去に伴いコンクラーベの煙が上がる報道写真をローマの新聞に
見て、天国へ昇るパウロ・セイス への、お別れと、青春への惜別の思いが有りました。
33日で逝去されたパウロ一世でしたが、その次に法王に成った方を、写真で見て驚きました。
私に券を従者を通じて渡してくれた、少し猫背で背の高い親切な枢機卿ヨハネ・パウロ2世
でした。あの時に名前を聞き逃し、失礼したが、20mの距離で拝見した お姿と顔立ちから、
近年、聖人に列せられたパウロ2世だと確信を持って言えます。故に、独断で入場券を私の
僅か2~3分の一方的な御願いを聞き届け、身元不明の旅行者の私に券を渡せる実力者でした。
御咎めも無く、法王に近寄り息づかいまで、感じる近さで、法王の靴にさわれる距離で跪き
十字を切って頂いた。今の世相では身辺警護から、厳しいと思う。クリスマスの時に、
バチカン法王のクリスマスミサを拝見し、平和メッセージを毎年聞きますが、寛大なヨハネ・
パウロ2世への感謝の念で一杯です。その法王も逝去され聖人に列せられました。

後年、この出来事に対して・・・・
会社役員が敬虔なクリスチャンで、私の経験を聞き大変喜び祝福してくれた。
一方、アメリカ人のクリスチャンの秘書に、話したら仏教徒の貴方が、私が行けない所に、
何故行けたのか! と、大変なジェラシーを、感じて怖い思いをしたもの。
秘書は日本で言うかかあ天下の感じでした。人の思い様々なバチカンのクリスマスです。

長いので、掲載するか迷いましたが、最後まで御読み下さり有難うございました。

              .後記.
今、思うと随分と馬鹿な事をしたと、若気の至りで恥ずかしくなります。私の言いたい事は
キリスト教は来る者は、拒まずで暖かく両手を広げ歓迎して下さる事が、私の愚かな行動で
認識できたことです。40年以上、経ちましたが、バチカンの人達には、今でも感謝の念で
一杯です。名も知らぬ、何処からの風来坊とも知れぬ若者を受け入れて下さる寛容に満ちた
教会は格別です。バチカンは若い頃から四度、五度と訪れ、その都度、新たな発見が有る
素晴らしい教会です。また訪れたいと願っています。
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by gantou | 2016-12-17 17:51

温熱療法 その三

チタンの膝関節を入れる手術をしたが、術後の傷跡が早く着く様に温めた。術後直ぐには傷は
発熱するから、冷やすが熱の引いた後は患部をヒーターで温めた。電気毛布使用。そうすると、
手術跡の回復が早く、傷跡も早く着き綺麗だ。看護師も執刀医も傷口を見る度に綺麗だと言う。
私は他人の手術跡は見た事ないが、今では手術跡は半分消えかかっている。温めたからだとは
看護師も、執刀医も、誰も信じない。言えるのは体温を維持して温めると体力が付き病に勝てる
からだと感じます。温熱療法万歳! 今は傷跡は消えかかっています。
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by gantou | 2016-12-05 18:16

温熱療法に目覚める。その二

私の癌は医師団は枯れたと言われるが、私も遠赤外線を5年前に知って実践していたら、早期に快癒したと思います。

癌は43度で死滅しますから、熱で殺せます。唯、人間の身体は皮膚から皮下脂肪も有り、魔法瓶の如く厚い肉で保護されているから患部に中々熱が届かない難点が有ります。しかし、遠赤外線の熱は体内深く届く様で普通のヒーターで温めるよりは、遥かに効果的らしい。電気専門のエンジニアは熱線は体内深くには届かない筈とNETに書いている人もいる。しかし、別な論者は体内深く遠赤外線は届く、また、骨が蓄えた熱は数時間にわたって放熱をするという。私は確かめようが無いです。

私の岩盤浴の時にジーッとして、熱を浴びていると体内の癌が剥がれる感じがする。これは、
見たわけでなく感じるだけの話です。その後CTスキャンで確認すると半分に縮小していた。

温熱療法は直ぐに効果が出ないから、イライラするが、長い目で見て加療すれば良い。現実に玉川温泉の岩盤浴で癌が消えたり縮小した患者は私の他にも何人かいます。
岩盤浴で私の癌は25mmも有ったが13mmに5ヶ月の湯治で縮小している。もっと、長期間、
岩盤浴に、入っていれば快癒する期間を縮められた筈です。宿の食事が私に合わず早く帰宅したい
気持ちで、毎月一週間も滞在するのは、大変苦痛でした。

温熱療法は未だ一部の医師は肯定するも、医師の認知を受けていない。
免疫療法の話も聞きますが、私の場合は体温を維持して体力を付ける方が効果的だと思います。
免疫療法は高価で中々好結果を得られず、友の場合は、成功せず、旅立ってしまった。
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by gantou | 2016-12-05 18:03

温熱療法に目覚める

知り合いのクリニック院長は体温が低いと癌は活性化して、増殖すると言われる。院長夫人に私の
体温は35.3度と話すと、其れじゃ癌が大喜び、どんどん増えて癌を 歓ばすだけと言う。
体温は筋肉が出すらしいが、私には体温上昇は期待出来ないので、外部から温めるしか手が無い。
私はカイロで温めて何時も汗ばむ位熱を取り入れた。岩盤浴も使い70度位の熱を浴びた。
これらの、たゆまぬ努力を5年続けた。体温維持を図らず平気で氷点下に出て身体を冷やした友は
食道癌を腫らして早死にした。桜んぼの業者も身体に良いと誤解して冷凍庫に長時間入り身体を
冷やして早死にした。私は彼に、身体を冷やすと逆効果で癌を歓ばすだけで冷やしては駄目だと
忠告したが、彼の顎の下には大きな、瘤が出来ていた。冷やすなと聞いた時の顔を忘れられない。
シマターッ! と言う顔をしていた。彼に何故冷やしたのか? 聞いたら、友達が何の裏付けも
ないのに病は冷せば治ると根拠のない事を話した。其れを真に受けて冷やして、寿命を縮めた。
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by gantou | 2016-12-05 17:52