現役時代の海外滞在記、海外旅行記、写真仲間の記録です。


by gantou

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

カテゴリ

全体
写真
未分類

以前の記事

2018年 05月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 09月
2016年 04月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月

フォロー中のブログ

フィレンツェ田舎生活便り2
趣味や愛犬との生活、昔の...

メモ帳

最新のトラックバック

ライフログ

検索

その他のジャンル

ブログパーツ

最新の記事

友の逝去
at 2018-05-03 15:19
写真クラブに関わって居ます。
at 2017-12-31 23:21
一枚の写真
at 2017-11-16 21:33
国宝
at 2017-10-21 14:01
撮影の遠隔制御
at 2017-01-27 18:13

外部リンク

ファン

記事ランキング

ブログジャンル

カメラ
ブログ

画像一覧

<   2011年 06月 ( 8 )   > この月の画像一覧

本日の診察

本日の診断結果は血液検査だけでしたが、白血球が3600 で、少ないが、他の患者の2000に比較しても、これだけ有れば大丈夫だという、標準値は4500~8500。特筆する事はCRP リューマチ因子が0.24mg、正常値は0.5mg 以下だが、低くなっている。リューマチの痛みを感じなくなった。通常の人と同じ値だ。抗ガン剤はリューマチにも効果が有る?と、思われる。
第四クールを7月上旬に予定通り入院して、行う事に成った。細部の最終の精密検診は、7月下旬に行う予定だが、今の処、順調と、思われる。結果は如何に・・・?
[PR]
by gantou | 2011-06-28 23:37

ワルシャワの病院

ワルシャワで働いていたとき、食道炎に成り、時々胸を押さえて痛みに耐える事になった。痛みが来ると、胸を押さえて動けなくなる。秘書がその様子を見ていて、ワルシャワの国立病院に連れて行くという。痛みから解放されるなら有り難いと思い、出掛けてみた。処が女医の診察によると、心臓が悪くて痛むようだという。驚いて薬を頂いて服用するも改善しない。商社の駐在員に相談したら、日本人は誰も、あの病院には行かないと言う。其れで、本社に連絡してロンドンの支店で使う病院で健康診断する事にした。早速ロンドンに出向き診て頂いたら、食道炎と、診断されて心臓でない事がはっきりした。誤診も怖いです。支払は、日本の健康保険で精算出来ました。海外の医者の診断では、工業英語と違い、医学用語が分からず、字引が離せませんが、英国の医者は慣れていて、しっかりフォローしてくれました。
[PR]
by gantou | 2011-06-28 23:16

アラブの接骨医

   私は、リビアのサハラ砂漠でアラブ人の接骨医に見てもらった事が有ります。日本でも接骨医が数多く治療していますが、近代医学では、まだ完全に解明されてない分野だと思います。リビアでもこれに似た話を体験しました。

場所は地中海沿岸の砂漠の町、エジプト国境へ50kmの、トブルクで第二次大戦中、”砂漠の狐” と、連合軍が恐れた、ロンメル将軍の活躍したエリアでもあります。そこで一年間駐在をしていた時、ぎっくり腰を発症して、動きが取れず、運転手が両腕で私を抱き上げサハラ砂漠へ治療のため連れて行った。砂漠を走って行くと、砂漠に大きなテントが張られてベドウィン族が住んでいた。テントの前には、真新しい石膏のギブスが山の様に積み上がり放置されていた。ギブスと松葉杖の山は、高さが日本の民家の屋根よりも高く、幅も有り、大きなピラミッドを思わせる山だった。ギブスの山は何千と、有ったでしょうか。イギリス式の近代病院で骨折の治療をした患者が、治療に来て、ギブスと松葉杖を庭に放り出し、帰りはスタスタ歩いて帰ると言う。

  テントに入り、接骨医を待っていたが、やがて奥からアラブ人の先生が登場。先生に横になれと言われ、砂にまみれた絨毯に腹ばいに成り、背中を触診してもらった。その時の感じを今でも覚えているが、背中を撫でる指先の絶妙なタッチ感覚は身体中がゾクゾクした。その時、身体の中を指先で、全て見られた様な気さえした。そして、アラブ人は背骨の6番目と7番目の間が悪いと言う。 更に、これは私には治せないと話す。堅い所に寝て安静にしている事という。治して頂けなかったが、指で撫でただけで、背骨の状況をまるでレントゲンでも見ている様に話すアラブ人を、庭先の石膏ギブスと松葉杖の山で信じました。世の中には、色々な人が居ます。もの静かなアラブ人でした。彼はサハラ砂漠で、今でも治療を続けて居るのだろうか?
[PR]
by gantou | 2011-06-23 10:26

二人のPapa

今回は長文で、済みません。また、若さ故の行動で反省もしてますが、敢えて掲載します。
1973年リビアのプロジェクトに従事して、年に一度の休暇を、バチカン市国のクリスマスの
ミサを見に行く事に勝手に決めて万難を排し、バチカンに行きました。着いてみると、バチカン・
サンピエトロ寺院前の広い、広場は群衆で埋まり、入り込む隙間も無い。これほどの人出を予想
していなかった私は吃驚して思案した。取り敢えず入口に行こうと群衆に突進した。山手線の
ラッシュアワーの車内の混み具合いです。パウロ6世の時代は人々のバチカン への、関心は高く
10万人の人出?と言われた。人々の間を、かき分け、かき分け、パルドン! と、厚かましく、
一番前に出たが、サンピエトロ寺院の入口階段下にロープが張られて進めず入場出来無い。
また途方に暮れて、何か方法が無いかと周りを見ると、僧衣の立派な方、枢機卿が、背の高い
正装の帽子をかぶり、正面階段から降りて来た。20m離れていたが、枢機卿に呼びかけた。

「私は遠くの国からクリスマス礼拝を見に来ました。これほどの人々が居るとは思わなかったが、
入場したい。どの様にしたら入れるか教えてください。」と、概略、以上の事を枢機卿に声を
張り上げ、お願いした。枢機卿は、私を見て話も聞いてくれたと思ったが、無言で、きびすを返し
階段を戻って行く。駄目だったかと、落胆した。暫くして、ロープにつかまり佇む私は、また、
入口に現れた枢機卿を見付けました。階段を下りてきます。今度は従者を後ろに連れています。

20m位の手前で立ち止まり私を指さし、何か従者に話しています。あの指先に私がいる事を
願った。従者が真っ直ぐ私の傍に来ました。小さな紙片を無言で私に渡す。周囲の群衆が券を
見て欲しがり大騒ぎです。余りにも興奮するので、これはキット素晴らしい券だと、想像するが
分からない。従者は黙ってロープを上げます。バチカン衛兵が槍を持ち警護する左側の入口を
指差し、手で通れと指示する。ミケランジェロ デザインの、軍服のスイス人独身男性の衛兵が
眩しく見えた。券を見せると奥へ通れと、また無言で指し示す。長い石造りのトンネルの様な
長い歴史を感じさせる古い石畳の通路を通り、奥に入ると、別な衛兵が立っている。
券を提示すると中に入れと、ドアーを開けてくれた。そこは、法王がミサを行う祭壇の脇で、
左側の最前列に椅子を与えられた。やっと入れたと思った時、10万人に一人の確率で入れた
幸運の感動が、込み上げて来た。落ち着いて中を見渡すと、テレビ中継の撮影用ライトが幾つも、
聖堂の高い天井近くに取付けられ聖堂内の金箔に覆われた壁や天井は光輝き、荘厳な美しさだ。
やがて、法王パウロ六世がクリスマスミサを執り行い全世界に平和メッセージを送ります。
総てが終わり祭壇から降りて来たパウロ・セイス(6世)は、真っ先に十字架の付いた長い杖で、
私に十字を切ってくれました。この方が、全世界10億の信者の頂点に立つ法王なのだと、
某然として立ちはだかり、私より小柄な1m50cm位の法王を見つめて居たが、法王が私に十字を
切った時、彼にオーラを見ました。自然と頭(こうべ)が下がり跪き、キリスト教の、寛大さを
感じ、感謝と喜びの気持ちが湧いて来ました。彼らは来る者は阻まず誰でも受け入れてくれる。

私の後部座席の日本人司祭が、私が日本人だと知って、驚き、どうして此処に座る事出来たかと、
それは、驚きの声と顔で訊きます。その席に座る希望者が多く世界の信者が応募して来て競争率も
激しく大変な事なのです。例えば、隣の席の夫人は、エチオピアから来たと、話していた。
日本人の信者も中々入れない場所です。私は一言、日本人司祭に『枢機卿に入れて頂きました』。

後年、新婚旅行でバチカンに家内を案内して、サンピエトロ寺院に入り着席した場所を指し示し、
思い出を話しました。そのローマ滞在中、奇しくもパウロ六世は逝去され、バチカン会議室の
煙突から、後継者選び(コンクラーベ)の結果の印である、白い煙が上がりました。その時に
選ばれたのが、ヨハネパウロ1世でしたが、短命で33日間の在位でした。コンクラーベの煙が
上がる報道写真をローマの新聞に見て、天国へ昇るパウロ・セイス への、お別れと、青春への
惜別の思いが有りました。33日で逝去されたパウロ一世でしたが、その次に法王に成った方を、
写真で見た時、驚きました。私に券を従者を通じて渡してくれた、少し猫背で背の高い親切な
枢機卿・ヨハネ・パウロ2世でした。あの時に名前を聞き逃し、失礼したが、20mの距離で
拝見した お姿と顔立ちから、近年、聖人に列せられたパウロ2世と信じてます。
故に、独断で入場券を、私の僅か2〜3分の一方的な御願いを聞き届けて、身元不明の旅行者に
券を渡せる実力者でした。誰の御咎めも無くて、法王に近寄り息づかいまで、感じる近さで
法王の靴にさわれる距離で跪き十字を切って頂いた。今の世相では身辺警護から、厳しいと思う。
クリスマスに、バチカン法王のメッセージを毎年見ますが、寛大なヨハネ・パウロ2世への
感謝の念で一杯です。その法王も逝去され聖人に成りました。

後年、この出来事に対して・・・・
会社役員が敬虔なクリスチャンで、私の経験を聞き大変喜び祝福してくれた。一方、アメリカ人の
秘書である、クリスチャンに話したら仏教徒の貴方が、私が行けない所に、何故行けたのか! と、
大変なジェラシーを、感じて怖い思いをしたもの。人の思い様々なバチカンのクリスマスです。
長いので、掲載するか迷いましたが、最後まで御読み下さり有難うございました。
[PR]
by gantou | 2011-06-16 14:08

抗癌剤の副作用

当初、肺炎を発症したが看護師の説明によれば、副作用で好中球の増減が影響していると、
言われた。好中球は白血球の種類で菌を食すが、中には食べない菌も有る。好中球を
NETで検索すると、Wikipediaに解説されています。

私の友人は、医療関係に詳しい方が多く、色々とアドバイスをくれます。中には、此処まで
書くのは、書き過ぎと言われる方も居ますが、それでも、不十分で質問されます。
癌の種類によって、薬が変わり当然、副作用も変わります。色々な人が居るので、副作用は
人によって違う事を、看護師から説明を受けました。私の様に副作用の軽い患者は幸せです。
[PR]
by gantou | 2011-06-15 21:31

予 定

本日入院して、血液検査、レントゲンでは、異常無く、明日より抗癌剤の第三クールを、受けます。特に白血球が1800の時も有ったが、現在8000で、普通だ。他にも肺炎の基となる好中球も、高い値で問題無しと診断され、肺炎には程遠い値。今回は3日間、点滴して6月18日、土曜日に退院する。

6月28日は 13:00 外来で予約されて、担当医の診断を受ける。

第四クールは7月7日〜11日に入院の予約受付が可能。その後、入院を5日位予定し、
その間に点滴を受ける。

第四クール終えた後は、7月29日に一日掛で検査する。
08:30am    受付、(08:15に番号札を受ける)
09:00am   RI検査の注射
09:30am    MR検査
01:00pm    RI検査の実施
01:15pm    CT検査
      RI検査は骨に転移して居るか診る。肺がんは、脳や、骨に転移し易いから、慎重を期す。
[PR]
by gantou | 2011-06-14 20:06

毛  虱

アメリカにいる頃、当時、小学1年の子供が毛虱を学校から拾ってきた。教室は絨毯が敷き詰めてあり、子供達は寝転がって遊ぶ時がある。そのような環境で拾ってきたと思われるが、毛虱は髪の毛の後ろ側、下側に卵を産み付けて繁殖する。髪の毛をパラパラ持ち上げると、後ろ側に白いものが、ビッシリと付着している。洗っても、落ちない。消毒しても効果は無かった。子供が 『お父さん痒いヨ~ぉ』 と、言うが、洗っても落ちないし困っていた。フロリダに遊びに行った時、洗面所で、例によって虱退治をしていたが、生きている虱を何気なく、お湯に漬けたら、バタッ と、倒れて動かなくなる。 これだ! と、思い付き、子供をバスタブに立たせて、熱めのお湯で洗髪した。『お父さん! 熱いよ~ォ! 』 と、子供は言うが、我慢しろ! お父さんの手も熱いのだ、と言いながら、ゴシゴシ洗った。それから、頭を拭いてサッパリしたが、以後、痒いとは言わなくなった。子供に訊いても痒いとは言わないし、熱いお湯の洗礼に納得した様だ。お湯の温度は45度C 位だった思う。
後年ブータンに行った時、道端で子供の虱取りをしている親を見かけたので、車を止めて運転手に通訳させて毛虱の退治方法を話して聞かせた事もある。一番経済的で、DDTの様に薬害もないし、健康的な退治方法と思っている。これだけ清潔な世の中だが、今でも毛虱は、時々流行るそうです。皆さんも、その時はお試し有れ。
[PR]
by gantou | 2011-06-04 11:21

CTスキャンの診断結果

抗ガン剤の投与を第二クール終えて経過を6月2日に診た。副作用は余り感じていない。
担当医は、順調なのでこのまま続けて中旬に第三クールに入ると話している。第四クールまで
三週間おきに投与(点滴)されるが、その先のプランは聞かされていない。
2011年4月19日で大きさは60mm。
b0213639_193212100.jpg

2011年6月2日で大きさは20mmに縮小した。
b0213639_1935023.jpg

リンパ節への転移が2011年4月19日に、認められる。
b0213639_1937018.jpg

2011年6月2日リンパ節では縮小しているが、癌細胞は残っていると、思われる。
b0213639_1939033.jpg

[PR]
by gantou | 2011-06-03 19:39